「臨終(りんじゅう)」とは、命の終わるとき、生命が尽きるとき、亡くなるまぎわを意味します。
ここでは、危篤から臨終を迎え、亡くなった方を安置するまでに、どのようなことが行われるのかを見ていきましょう。
危篤になったら、まず何をする?
家族や親しい人が危篤になったとき、まず大切なのは、本人が最期に会いたいと思っている人に連絡することです。
親戚はもちろん、親しい友人や知人などにも連絡をします。
いざというときは、気が動転してしまい、「誰に連絡すればよいのか」がすぐに思い浮かばないこともあります。そのため、あらかじめ連絡する人の名前や電話番号などを整理しておくと安心です。
そして、臨終を迎えたあとには、仏教では「末期の水(まつごのみず)」と呼ばれる作法が行われてきました。
では、末期の水とは、どのようなものなのでしょうか。
末期の水(死に水)とは?
「末期の水(まつごのみず)」とは、亡くなった方の唇を水で潤す作法です。「死に水」とも呼ばれます。
末期の水の由来については、お釈迦さまが入滅される前に水を求めたという故事に由来するともいわれています。
『長阿含経』の「遊行経」には、入滅を前にしたお釈迦さまが、弟子の阿難(あなん)に、
「私は喉が渇いた。水を汲んできてほしい」
と命じたことが説かれています。
ところが阿難は、少し前に上流を五百台の車が渡ったため、水が濁っており、足を洗うことはできても、飲むのには適していないと答えました。
お釈迦さまは、それでも三度にわたって阿難に水を持ってくるよう命じます。
すると、雪山に住み、仏の教えを篤く信じていた鬼神が、鉢に八種の浄水を盛って、お釈迦さまに差し上げました。
このような、お釈迦さまが入滅を前に水を求めた故事から、亡くなる方の最後の渇きを癒やすために「末期の水」をとるようになったとも考えられています。
臨終の鐘を鳴らす意味
仏教では、臨終を迎える際に、枕元で打鳴らし(うちならし)と呼ばれる小さな鐘を鳴らすことがあります。
天台宗では、この「臨終の鐘」について、中国の天台宗を開いた天台大師・智顗(ちぎ、538–597)さんの臨終にまつわる故事が伝えられています。
智顗さんは、自らの命が終わろうとするとき、
「人がまさに命を終えようとするとき、鐘や磬(けい)の音を聞けば、正念を増すことができる」
という趣旨の言葉を残したと伝えられています。
「正念(しょうねん)」とは、「正しい思い」という意味です。
つまり、臨終の鐘は、亡くなったことを周囲に知らせるための鐘ではなく、命が尽きようとしている人に鐘の音を聞かせ、正しい思いを保つために鳴らすものと考えられていたのです。
そして智顗さんは、仏教の修行で行うように足を組んで坐り、仏・法・僧の「三宝」の名を唱えながら、三昧に入るかのように静かに亡くなったと伝えられています。
この故事が、天台宗における「臨終の鐘」の由来の一つとされています。
菩提寺へ連絡する
家族が亡くなったら、できるだけ早く菩提寺(ぼだいじ)へ連絡します。
菩提寺とは、先祖代々のお墓があったり、葬儀や法事などをお願いしたりしているお寺のことです。
早めに連絡することで、お寺でも枕経(まくらぎょう)や葬儀などの準備を進めることができます。
菩提寺が遠方にある場合は、まず菩提寺に相談しましょう。事情によっては、近くにある同じ宗派のお寺を紹介してもらえることもあります。
また、自分の家の菩提寺が分からない場合には、親戚などに確認してみましょう。
葬儀になってから初めてお寺を探すのではなく、普段から自分の家の菩提寺がどこなのかを知っておくことも大切です。
葬儀社へ連絡する
病院で亡くなった場合には、まず遺体をどこへ移すのかを決める必要があります。
一般的には、いったん自宅へ搬送するほか、斎場や寺院などへ直接搬送する場合もあります。
そのため、葬儀をお願いする葬儀社を決め、遺体の搬送を依頼します。
病院から葬儀社を紹介されることもありますが、必ずその葬儀社にお願いしなければならないわけではありません。 すでに依頼したい葬儀社が決まっている場合には、そちらへ連絡します。
また、葬儀の日程については、遺族や葬儀社だけで決めるのではなく、菩提寺の都合も確認しながら相談して決めることが大切です。
最近では、小さなお葬式やよりそうお葬式など、インターネットから葬儀を依頼できるサービスや、菩提寺がない、あるいは分からない場合に僧侶を紹介してもらえるサービスもあります。
突然のことで慌てないためにも、どの葬儀社にお願いするのか、あらかじめ家族で話し合っておくとよいでしょう。
湯灌と死化粧
亡くなった方の身体を洗い清めることを、**湯灌(ゆかん)**といいます。
湯灌には、亡くなった方の身体を清潔にするだけではなく、身を清め、清浄な姿で死後の世界へ送り出すという意味があります。
かつては、たらいに水を入れ、そこへお湯を加えた「逆さ水」を使い、家族や近親者が故人の身体を洗い清めていました。また、柄杓を左手に持つ「左びしゃく」など、普段とは反対の作法が行われることもありました。
身体を清めたあとは、髪を整えたり、男性であれば髭を剃ったり、女性であれば薄化粧を施したりして、故人の姿を整えます。これを**死化粧(しにげしょう)**といいます。
現在では、こうした処置を葬儀社や専門のスタッフが行うことも多くなっています。
死装束とは?
湯灌や死化粧を終えたあと、亡くなった方に**死装束(しにしょうぞく)**を着せます。
死装束とは、亡くなった方を送り出すために着せる衣装のことです。
伝統的には、白い**経帷子(きょうかたびら)**を左前にして着せ、頭には頭巾(ずきん)、手には手甲(てっこう)、足には脚絆(きゃはん)や白足袋をつけます。
さらに、首から頭陀袋(ずだぶくろ)を下げ、手には数珠を持たせ、そばに杖を置きます。頭陀袋の中には、三途の川を渡るための渡し賃とされる**六文銭(ろくもんせん)**を入れることもあります。
こうした姿は、亡くなった方がこれから旅に出る姿を表したものです。
ただし、現在では、このような死装束をすべて身につけるとは限りません。
紙で作られた経帷子を亡くなった方の上に掛けたり、白装束ではなく、生前に愛用していた服を着せたりすることもあります。
死装束の形は時代とともに変化していますが、亡くなった方を大切に送り出すという思いは、今も変わらず受け継がれています。
遺体を安置する――北枕の意味
湯灌や死化粧を行い、死装束を整えたあとは、亡くなった方を布団に寝かせて安置します。
このとき、一般的には頭を北に向ける「北枕(きたまくら)」にします。
北枕の由来は、お釈迦さまが入滅されたときの姿にあるとされています。
お釈迦さまは、頭を北に向け、顔を西に向けて、右脇を下にして横たわった姿で入滅されたと伝えられています。これを「頭北面西右脇臥(ずほくめんさい・うきょうが)」といいます。
亡くなった方を北枕にするのは、このお釈迦さまの最期の姿にならったものです。
日本では「北枕は縁起が悪い」といわれることがありますが、もともとは、お釈迦さまの入滅の姿に由来する仏教の習慣なのです。ですから、北枕そのものが「縁起の悪い寝方」というわけではなく、本来の意味はむしろ逆ですね。
ただし、部屋の間取りなどの事情で北枕にすることが難しい場合には、頭を西に向ける「西枕」でもよいとされています。


コメント