私たちにとって、親しい人や大切な人との別れは、いつか必ず訪れます。
では、仏教では、なぜお葬式をするのでしょうか。
「亡くなった人のために、お経を読んでもらうため」
もちろん、それも大切な意味の一つです。
しかし、仏教のお葬式には、それだけではなく、亡くなった人と残された人、その両方にとって大切な意味があります。
今回は、仏教のお葬式にはどのような意味があるのか、そして天台宗ではどのような考え方に基づいて葬儀を行うのかを、できるだけ分かりやすく紹介します。
仏教では、なぜお葬式をするの?
仏教のお葬式では、まず亡くなった方の冥福を祈ります。
そして、亡くなった方の一生を振り返り、その人から受けた恩や、ともに過ごした時間を思い返します。
しかし、お葬式にはもう一つ、大切な意味があります。
それは、残された私たち自身が「死」と向き合うことです。
親しい人との別れを経験すると、私たちは、この世のすべてのものが移り変わっていく「無常」ということを、身をもって感じます。
そして、
「命とは何だろう?」
「自分は、これからどのように生きていくのだろう?」
と、自分自身の人生について考えます。
故人の人生を心に受け止め、命の尊さを知り、これから自分が何をすべきなのかを考える。
そして、将来に向かって精進していくことを心に誓う。
これも、仏教における葬儀の大切な意味なのです。
そして、ここにはもう一つ大切なことがあります。
亡くなった人は、この世からいなくなったからといって、すべてがなくなってしまうわけではありません。
故人との思い出や、その人から教えてもらったこと、その人の生き方は、残された人の心の中に残り続けます。
そして、その故人の存在が、これから私たちが人生を歩んでいく上で、大きな支えや力となるでしょう。
天台宗では葬儀をどのように考える?
仏教の教えには、大きく分けて顕教(けんぎょう)と密教(みっきょう)があります。
顕教とは、仏さまが人々の性質や能力に応じて、言葉や文字によって分かりやすく説いた教えです。
その教えをよりどころとして、お経を読んだり、自分の行いを懺悔(さんげ)したりしながら、自分自身の心を見つめ、日常生活の中で仏さまの教えを実践していきます。
一方の密教では、仏さまと自分とが一体であることを観想し(思い浮かべ)、仏さまの力によって仏の境地へ近づくことを目指します。
そのため、密教の儀礼では、加持(かじ)や祈祷(きとう)などが中心になります。
天台宗では、この顕教と密教の両方を大切にします。
そして葬儀をはじめとする法要でも、顕教の儀礼、密教の儀礼、あるいはその両方を組み合わせた儀礼が行われます。
ただし、どちらの場合にも共通しているのは、仏さまを供養するとともに、自分自身の中にある仏となる可能性を開いていくことが重視されている点です。
天台宗のお葬式では何をするの?
天台宗のお葬式では、およそ三種類の儀式が用いられます。
一つ目は、法華三昧(ほっけざんまい)です。
これは『法華経』を読誦(どくじゅ)し、懺悔することによって、罪を滅し、善を生じさせるための修行です。
二つ目は、常行三昧(じょうぎょうざんまい)です。
『阿弥陀経』を読誦し、極楽往生への道を示します。
そして三つ目が、密教による法要です。
光明供錫杖(こうみょうく・しゃくじょう)や光明真言(こうみょうしんごん)などによって、滅罪息災(めつざい・そくさい)のための秘法を修します。
そして、これらの法要の後には、故人を仏界へと導くために、仏教の大切な教えを授(さず)けたり、戒を授けたりする引導作法(いんどう・さほう)が行われます。
「引導を渡す」という言葉を聞いたことがある方も多いと思います。 現在では「最終的な宣告をする」といった意味でも使われますが、もともとは、このような仏教の儀礼に由来する言葉です。


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